
すがる思いで訪れた役所の窓口
田中よし子さん(仮名・74歳)は、カレンダーの隅に書き込んだ今月の支出合計を見て、静かにため息をつきました。収入は2ヵ月に一度振り込まれる国民年金のみ。ひと月あたりにすると、約7万円です。都心から少し離れたこの木造アパートは、隙間風の入る古い部屋ですが、それでも家賃は2.3万円かかります。光熱費や最低限の食費を支払うと、手元にはほとんど残りません。
夫に先立たれて15年。ひとり息子は結婚して家庭を持ち、遠方で暮らしていますが、よし子さんの生活が苦しいことを理由に金の無心をした10年前を境に、関係はどこかぎこちないものになったといいます。迷惑はかけられない、その一心でこれまでなんとかやってきましたが、ここ数年の物価高は、じわじわと田中さんの生活を蝕んでいました。かつて100円で買えた野菜が150円になり、特売の卵を求めてスーパーをはしごする日々。切り詰めに切り詰めた生活の末、ついに毎月の収支は赤字に転落し、わずかばかりの貯金を取り崩す月が1年以上続いています。その貯金も、もう50万円を切っていました。
「このままでは、貯金が尽きてしまう……」
その恐怖が、よし子さんの背中を押しました。近所の人にどう見られるか、息子になんと言われるか。様々な不安と羞恥心が頭をよぎりますが、もう背に腹は代えられません。よし子さんは、すがるような思いで、役所の生活福祉課を訪れました。
厚生労働省『2022(令和4)年 国民生活基礎調査』によると、子どもとは別居している65歳以上がいる高齢者世帯者において、年間所得100万円に満たない世帯は全体の10.18%。また高齢者世帯の5世帯に1世帯は、年間所得150万円未満です。また総所得に対して「年金収入100%」の高齢者世帯は44.0%。物価高ほど年金は増えず、生活が困窮する高齢者が増えています。